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ちいさなちぃちゃん

ピアノが弾けて猫がいればそれで十分なのです。

気づいた先の明るさ

おはようございます♪

11月3日文化の日


今日はSNS文化についてお話してみようかと思います。

なんていっても、私個人の狭い話ですが。


ここ数年SNSを通して感じる感情を 
どうやって処理するべきなのか?を常々考えて
きました。

そして、多くの時間
若者の意見として、娘たちの話を聞き、語り合って来ました。



物事を深く考えるというのは、そこに疑問や興味があるからなわけですが、私はSNSに振り回されず過ごしたい。その為にはどう付き合っていけばいいのか?ということが多くを占めていました。


たくさん、たくさんの時間をかけて
様々な出来事、視点からたどり着いた
…というと大袈裟ですが、私的には大きな着地点で、色々な寄り道話もしたい所なのですが
そこは端折り。




今のこの情報の多さというものに振り回されている私たちというのは、この先の未来から今を振り返った時、とても滑稽だった過去になっているとまず考えます。



じゃあ、今この現代でそこをコントロールするとしたら、その情報の多さから離れる、シャッターを閉める。そこに時間を多く費やさない。

情報空間で移動するのではなく、物理的に動く。
移動する。


いかに大勢の人と繋がり合うかではなく、
いかに分断するか。

いかに分かり合えない人と議論を交わすのか
いかに思いを共有し合うのかより、
いかにして狭める力を養うか。


私たちが、ネットワーク社会
SNSに抱いた夢は、違かったことに
気づき始めているんじゃないか?


そう考えています。


誰とでも出会える大きな広場で。
それはもう、間違いだったと思えないと
いけないのではないかと思います。


一人一人がしっかりと簡単には得られない仕組みの情報を選び、
誰と出会うかを選び、何をシャットダウンするのか、という報告へシフトチェンジしていかないと
、というより
そうなっていくのではないかと思います。

このままなわけはないよな、と。



世界の文化はそうやって変化を遂げて来ているので、この情報過多に振り回される人間社会はそろそろピークに達し、次なるステージが見えてくるのだと感じています。



だって、こんなただの猫飼い主婦すらが
思うんですもの。笑


誰にでも開かれて
人も情報も出会える世界

そこにはもう限界が来ていて
これからは、昔の出会えなさ、ではないけれど
簡単には出会えない出会い方に変わっていかないと、簡単に言えば、おかしくなっていく。
人間が壊れていくだろうと思うのです。



だって、もう
アレだってコレだっておかしいって
みんな気づいているでしょ?


って具体的な話をすると
まだ、こちら側の人間が非常識側だから
イカれた人だと思われるから書かないけれど




みんながわかり合える、認め合える
なんて、ないんだと
認め合えるインターネット、SNSのあり方
に、変わっていくんじゃないですかね。


結局、わかり合える
認め合えるは、夢だったと
気づいた人から明るくなっていくんじゃないかと、
明るくなったので気づきました。



いいね や
わかり合える共感の裏側は
妬み嫉み、誹謗中傷、アンチで溢れかえっている。

自分ですら、自分のことを
素直に認められない私が
他人が見るSNSに耐えられるわけもない。



こんなことをして
何を満たしたいのか。



滑稽で仕方なくて
ずっと考えていました。


何を満たしたいわけではない
なんて絶対嘘で、恥ずかしい自分でいるのが嫌で。




小さな子どもが親に認めてもらいたくて

ねぇ みて。みて。

と、いうのはいい。


それを50近くなったオバさんがやってるのを
見せてる自分も気持ち悪くて。

そんなことで、みた人の感情を動かすことも
申し訳なくて。





大切に思う友だちが
自分の子どものことをとてもよく(思ってもらいたい)話して聞かせてくれて

ねぇ、お願い、やめて。


って思いました。



そんな話しなくても
私はその子どものこと大好きだし
友だちのことも、友だちとしても親としても大好きなのに。



私はその子どもがどんな風に人生を歩いて行こうと好きな気持ちは変わらないから
お願いだからわざわざそんな話を聞かせないで。
そう、思いながら
友だちが、自分の子どもは
誰かと比べて何に優れているのかとか
選ばれたとか頑張っているとか
そこで、「いい子でしょ」って私に伝えたい
気持ちを抱いていることが何よりしんどかったのでふ。
私は、その子の弟から聞く、お兄ちゃんが焼きそば作ってくれたとか、オムライスが美味しいんだよ。って話が大好きだし、それだけでいい子なのが伝わるのに。
小さい頃、私にどちらも選べないからと
2つのぬいぐるみをプレゼントしてくれた、
それだけでどんなふうに思いながら生きている子なのか、私はわかってるのに。
そんな優しい子に育ててる友だちが私は大昔から大好きだから、友だちが悪いんじゃないのはわかってて、
人と比べてこうだった、誰かから評価されたという話
それが友人への承認欲求にさせてしまっている
今の世の中、現状に吐き気を感じました。

それは、私にも
そこを評価するような何かがどこか漂っていて
友だちにそう感じさせてしまってもいたんだろうと思うと、そうじゃないよって凄く言いたい。
でも、言って伝えるんじゃなくて
行動で伝えられたらいいなと思っています。



これからも私はインターネットから情報を得るし
SNSも利用します。

けれど、向き合う扉の開け方は変わりました。
アホみたいに時間がかかったけれど、
人間、変わる時というのは少しずつではなくて
案外ガラッと変わるものですよね。


この、「ちぃさなちぃちゃん」というブログの
小さな小さな閉ざされた空間に訪れてくれるあなたを大切に思いながら、これからも何か私の経験とその先で開いたドアの向こうの明るさみたいなものを伝えていけたらと思っています。

最後まで読んでくださりありがとうございます🍎




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