こんにちは♪

曇天のちぃ八重茶地方です☁️

今日の八重茶々はくっついて
ぬくぬくしてばかり。
気づけば11月も半ばを過ぎ
買い物先では年賀状にポチ袋、筆ペンが並び
お餅が売られ[迎春]の文字。
ちょっとついていけてません😅
まだクリスマス準備くらいでストップしててくれませんかね。笑
飼い主は、昨日
あるものを手放しました。
ほぼ毎日使っていたものですが、
約2年前から手放す方向で考えていました。
なんだと思いますか?🤭
冷蔵庫?洗濯機?掃除機?テレビ?
ふふふ。そういう毎日お世話になっていたものです。
世界も11月20日から真の風の時代に突入だとかで、関連づけたいわけではないけれど、なんとなく偶然にも、私的にも暮らし方に変化が起きたなぁなんて思ったりしています。
3.11の震災での津波の映像や
それ以降の震災、水害のニュースの映像を
見るたびに「モノ」に対する考えがいつもありました。
どんなに素敵な家を建てようと、立派な庭を作ろうと、高級車を購入しようと、最新の家電製品を揃えようと、どれほどの高級なものを持っていようと、大切なものがあったとしても、一瞬で壊れてしまうし、流されてしまう現実をテレビ越しに見るたびに、ものはなくなる。大切にしていようといまいとある日突然なくなる。その覚悟で暮らしていないとならない。
そう、考えてきました。
これも、あれもある日失うかもしれない。
そのことを頭に入れておくことは大切で
ものを買うこと、使うこと、捨てること、
とっておくことのすべての基準になっています。
ものだけではなく、行うことすべてにも
終わりがあることを常に意識するようになったのは、子育ての中からだったように思います。
少しずつ、親の手を離れていき、悩み、成長していく娘たちをみているうちに、様々な終わりと変化を受け入れていき、最近は親たちの老いをみて
また、終わっていくことを実感しています。
なくならないもの、それは経験したことと思い出だけなんですよね。

なくならないものは、目に見えないもの。
もののおかげで私は生活ができているし
頼りっきりなものはたくさんあります。
でも、いつ次の瞬間なくなるかはわからない
目の前の世界が一瞬で変わるかもしれない、
その覚悟は常にこれからも持ち続けていなくては
ダサい私をみることになると思うのです。
何を手放したか?は
どうでもいいんです。
災害で突然失った人はごまんといるのです。
みんなから「どうするの?」と言われ
「不便になるよ?」と言われましたが、命が無くなるわけでもないのにみんな大袈裟だなぁ。と
思っています。
生まれた時は裸んぼ。
死ぬ時パンツ一枚身につけていたら勝ち組だ。
と言ったのはさんまさんでしたっけ?
一応女なので上にも一枚何か欲しいなとは
思っちゃいますけど 笑
まだまだですかね。