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ちいさなちぃちゃん

ピアノが弾けて猫がいればそれで十分なのです。

どんなに小さなことでも幸せは幸せ

ブログを長く読んでくださっている方は
ご存知かと思いますが、我が家の二女は
大きな交通事故に遭い、長い間治療をしていました。

先日その長い治療がやっと終わりました。

心配してくださった方、励ましの言葉を下さった方、心を寄せて頂きありがとうございました。


事故当日

電話が鳴り、出るのですが
慌てた女性の意味不明な一言二言しか聞こえず
切れ、また鳴っては遠くから聞こえては切れ、
不可思議な電話が自宅に掛かって来ました。
「どうしよう」
「頭から血がたくさん出てる…」
聞こえてくる言葉はか細い悲鳴のようで、

咄嗟に、もしかして娘の友達からのSOS?
とも思ったのですが、友達だったら
「◯◯ママ?」と言うはずだし、
家電に掛かってくることはないよな…

と思っていると、救急車の🚑サイレンの音が
聞こえてきて、不安になった私は二女へラインを送ります。

「今、誰からか女の人の声で何度も電話が掛かってきては切れてを繰り返してるの。今どこにいる?」

送ってみても既読が付きません。

長女と、この電話は何なのだろう?
まさかとは思うけど、◯◯にLINEしてみてるけど既読つかないんだよ

と話をしていると、

また、家電が鳴り
今度はハッキリと、


二女を撥ねてしまったという女性が
これから救急車で運ばれること
今から現場に来られるか
ということを告げられました。

場所は何処なのかと聞くと、家から近い
コンビニの前でした。

あぁ、、今鳴っているこのサイレンの救急車に
娘が乗っているというのか…。

告げられた搬送先の病院は私の住む市内の
総合病院ではなく、隣の市の大学附属の大きな
病院でしたから、娘は酷い状態であること意味していました。

急いで娘のそばに行ってあげたくも、
警察からまずは現場に来て欲しいと言われ
撥ねられた現場に行くと、大きな血溜まりがアスファルトに出来ていて、娘の誕生日にプレゼントしたピンクの自転車はあり得ない形に変形していました。
住所に家族全員の名前に生年月日家族構成などを聞かれながら何故今うちのじぃさんの誕生日なんか教えてなくちゃいけないわけ??と
思いながら伝え、

やっと病院へ行くことができました。

処置は長く中々娘とは会えず待っていると
娘を撥ねた運転手の女性とその旦那2人が来て
それはそれは暗い表情と、申し訳なさでいっぱいの態度で謝罪して来ました。
そばにいた家族は殴り殺そうかというほどに
怒りに満ち溢れていましたが、
私は「気をつけて帰ってください。気も動転しているでしょうし、また事故を起こさないように気をつけて帰ってください。」と伝えていました。

本当にそうとしか思わなかったのです。


娘のケガの内容は想像を絶するものでした。


それでも私は、加害者から掛かってくる電話は
常に暗く、か細く、申し訳ない気持ちでいっぱいの声であって、彼女を責めるような言葉は一切発せず淡々と説明をしていました。


事故から数日後
娘は大学附属の大きな病院でも診てもらえない内容の大怪我が口腔内にあり、みて貰える病院へ転院していました。

そこへ、娘に謝罪に行きたいと加害者からの電話があり、その日も勿論、恐縮し落ち込み切った声の電話でした。私は承諾をし、謝罪と見舞いに来るという当日、彼女から電話が来ました。

「もしもし、こんにちは。今日病院へ伺わせていただきます。」

その声は、
今までの何てことをしてしまったのかと申し訳ない気持ちでいっぱいの打ちひしがれた声ではなく、明るくはつらつとした声で
イメージとしては

「あ〜八重ぇ?これから八重んち行くねぇ♪」

友達の家に、「今から行くね!😉」
と、ルンルン気分で伝えるような明らかに明るいトーンで、言われました。


私の仏の顔はここまででした。


病院へ来た彼女は娘に会い、事故の説明をし、
(娘は事故当時の記憶がありませんでした。)
謝罪をすると
娘が、もう顔を見たくない。具合悪くなる。
と言ったので、私たちは面会者達が休憩する場所に移動して話をしました。

私は、彼女にこう言いました。


「今日、私に電話を掛けてきた時のあなたの声を聞いて、加害者っていいな。って思いました。あなたは毎日本当に申し訳ない気持ちの声で電話をかけてきていたけれど、今日あなたは
とても明るい声でしたよね。もう、元通りのあなたを羨ましいと思いました。我が家は毎日お通夜の様に暗いです。あなたは、ご飯も食べてお茶も飲んでるんですよね。娘は何も食べれません。私は家に帰って娘の箸を見ては泣き、湯呑み茶碗を見ては涙を流している毎日なんです。この中身はなんですか?ゼリーですか。これをね、持ち帰って家の者誰一人笑顔で食べることなんて出来ないんですよ。どうぞお持ち帰りください。娘は、クラブ活動を始めて新しいラケットを買ったばかりですが、肩甲骨を折りましたからまず、無理でしょう。治療がどれだけかかるかもわからないですし、大学の推薦ももう無理です。うちの子
親バカかも知れないですけど可愛いんです。
本人はモデルや弾き語りのライブ活動をしたりして小さな事務所ですが芸能事務所に所属していますが、それももう無理でしょう。ピアノがまた弾けるようになるのか、歌えるようになるのかすら分からない。ケガが治ったとしても
うちの娘は一生背負って生きて一生戦って生きていくんです。そのことを決して忘れないでください。」

すると、同じく娘を持っている旦那さんが堪らなくなり私の目の前で土下座をして泣きながら謝り、彼女も後から土下座をし、謝りました。



その後2度ほどメールでやりとりはしましたが
事故のあった年のことであり、娘が2年半後に
やっと歯が入ったとは思ってもいないと思います。
娘のことを考えない日もあるでしょうし
忘れている日もあることでしょう。


娘は本当によく耐えました。


様々な痛い治療がある中、
口腔内20針以上縫うというものがありました。
痛い!痛い!と訴える娘の声はフロア中に響き
看護士にお母さんは病室で待っていて結構ですよと気遣ってくれたのですが、それは出来ず
処置室の外のベンチで待っているとついに、
娘が

「わぁぁぁぁぁぁぁぁあああん!!!」

と、泣いたのです。


その声は、娘が本当に小さな頃
寂しがりやで泣き虫な娘が、ふと私が視界に居ないことに気づいて泣いたり
怖い思いをしたり、転んだりした時に泣いていた幼い時の娘の泣き方でした。




お腹に戻したい。


そう、思いました。
そうとしか思えませんでした。



向かいの科の看護士さんに心配される程
ベンチで泣きぬきました。

ある時は病院からの帰り道
どうして私の娘がこんな目に遭うんだよ!!
と、神様を恨み抜いて悪態つきながらハンドルを握り涙が止まらない日もありました。

ある時はもう、この治療は痛すぎるから
諦めたいと泣く娘を抱きしめながら涙した日もありました。


娘も私の知らないところで泣いた日も
傷ついた日も怒った日もあったと思います。

治療が終わっても、後遺症は残りましたし
目に見える傷から見えない傷もあります。



それでも、娘は入院中

スケッチブックに


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LINEの一言が


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毎日、引き裂かれる思いで
病院をあとにする私の手を握り、
「ありがとうね。気をつけてね。」と言っていた娘。

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誕生日にどうしても退院したいと言い
書いたイラスト


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人生そう簡単には生きられない
どんなに小さなことでも幸せは幸せ
1つ1つクリアして前へ進む
いつも皆んなが笑顔でいられるように


この子の
この強さと前向きさに救われた2年半でも
ありました。



どんな状況でも
その時味わえる食事の美味しさを見つけ
その時出来る楽しさを見つけ
その時学べること
その時働けること

今の自分に出来る何かを見つけて
笑顔を見せてくれた娘のおかげで
私が頑張るべきことを頑張れました。




可愛い娘ですから
こんな思いをして…
あの事故がなかったら…
と、思わないわけはないです。

しなくていい思いをしたのですから。

ここに書かないだけで本当に考えられないようなケガと治療があったのです。

2年半娘と通院した帰り、流動食の時以外はほぼ毎回どこかのショッピングモールへ寄り
その時娘が食べれるものを食べてから帰っていたのですが、いつもニッコリ笑って食べ、
流行りのファッションを見たり買ったり、ピアノの楽譜を買ったり、内にこもらず今楽しめる
何か、可愛い何か、きれいな何か、美味しい何かを見つけては私と共有した時間は2人の楽しみでもありました。

最後の治療の日、どこで食事をしようかと話しながら
娘が食べたいもの、お店もどこでもいいよ
というと、何店舗かいつもとは違うお店をあげたのですが、やっぱり…といって、
私達が何度も入ったお店に入りました。
「きっとしばらく来ないだろうからさ。」と。
長かったね。
何回通ったんだろうね。
あんな時やこんな時もあったよね。
と、話しながら。


今、とてもつらい思いをしていても
そこまでつらい思いはしていなくても
不平不満を見つけようとしたらいくらでも
小さな幸せをみつけようとしたらいくらでも
見つけられるんだと思います。


小さな幸せを見つけてニカっと笑えたら
周りの人も笑顔になるもの

そんな幸せな生き方を娘から教わった
2年半でした。



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どんなに小さなことでも幸せは幸せ




皆さんが小さな幸せをみつけてまぁるい気持ちでいられますように🍎



最後まで読んでくださりどうもありがとうございます。