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ちいさなちぃちゃん

ピアノが弾けて猫がいればそれで十分なのです。

母の日


今日は母の日



母を思う時

母の明るさ、優しさ、行動力、直感力etc.


色々あるんだけれど、



母の料理が美味しいこと

に、ついて。






子供の頃、
母の料理が美味し過ぎて、私は週に何回かあった幼稚園の給食弁当はほぼ食べなかったし、
学校の給食の時間はただの地獄の時間だった。


母の料理以外の料理はすべて私にとって
食べるに値しない味だった。



大人になってから、外食をしていると友人に
「本当に不味そうに食べるよね」
と 言われた。



他人の作る鶏肉の唐揚げを食べた時、
思わず号泣してしまいそうな程
母の唐揚げが恋しくなった。



その後色々考えてみたのだけれど、
料理は作り手自身が、
美味しいものを食べたい と思い
美味しい料理を食べさせたい と思う
念の強さがどれだけこもっているか。
これはかなり重要だと思っている。

私は今までに、この人の料理は美味しい。
と、思えた母以外の人が1人だけいるのだが
研究熱心で、味に納得が少しでも出来なければ
絶対に食べさせない人だった。

彼女も、手先が器用で
明るくて、優しくて、強くて、繊細で
母に似ているところがたくさんあるのだけれど
彼女の誕生日は、母と1日違い。


そういう星回りなのか?
ただの偶然なのか?


私は 母と彼女の料理だけは
食べたいなぁ。と 思う。

料理、それはその人からの念を頂いている。
そう思う。


いつだったか、料理は母か自分の作るもの以外本当は食べない方がいいと何かで読んだことがあったが、やはり作り手の念ごと食べてしまうからだと書いてあった。

特に母というものは家族の抱えている悩みや
日々あることを知った上で、解決することを願ったり、様々な思いを巡らせながら
祈りながら作るもの。

母は家族を思い作る。
それを「味」だと思っているのかも知れないが
食べながら、思いを味わっているのだと思う。


あと 何回 私は 母の手料理を食べることができるだろうか。